イタリア旅行記(49) サンマルコ広場発見!

迷い込んだ路地で楽器店を発見するなど大きな収穫があったヴェネチア。
歴史的建造物や観光名所にふれるのも楽しいけれど、やっぱりそこに住む人々のいまの生活にも触れたいと思う僕にとって、この楽器店はとても楽しい発見だった。

イタリアのギター専門店とかにもいつか行ってみたいなあ。
そう、やっぱり僕はいち音楽家なんだなあ。
音楽を通して人にふれあいたいし、音楽をとおして文化を眺めたい。
そして音楽という素晴らしい現象を研究し極めたいと願っている自分を旅先で感じるのだった。

楽器店を後にして逡巡すると急に目の前が開けた。
観光客がごったがえす向こう側に広場が見える。
おお、サンマルコ寺院前の広場に来たらしい!

それにしてもすごい人、人、人!
活気があってすごく楽しくなってしまうが、こういう場所ではスリの被害に気をつけないといけないね。
気を引き締めて荷物を強く握るわたしは小心者か?

観光客の河を抜けて開けた所で写真を一枚。
どうです、この素晴らしい風景。
まだお昼前だからか、カフェは外にならべるだろう椅子を山積みにしている。
これが数十分後にはきれいにならべられて街が動き出す。
なんかドキドキしますね。

この広大な広場が温暖化の影響で水没する時があるなんて想像できないけど、それもまた現実なんだ。
ひょっとすると10年後には常に水没するようになってしまうかもしれない。
なんとかそれを食い止められないか考えるけど、自分の身の回りの無駄をなくし、コツコツやるしかないんだよね。
うん、まずはそれを頑張ってやらなくては。

イタリア旅行記(48) ヴェネチアの楽器店

サンマルコ広場を目前にしながら路地へ迷いこんだ私。
Barでパニーニをほうばった後はまたサンマルコ広場方面へ向かいつつ路地を抜ける。

いくつも運河を越えて楽しく路地歩きが続く。
イタリアでしか見られない荷車や電話などの写真をとったりして遊んでいた。
すると路地の一角に楽器店を発見!
ひさしぶりに見るギターや楽譜、管楽器などなどに誘われて店内へ。

15帖くらいの小さなスペースに所狭しといろんな楽器が並んでいる。
ギターはナイロン弦タイプのフラットトップが人気らしい。
いかにもクラシックの国イタリアらしい感じ。
でもメーカーは聞いた事ないものばかり。
ギターの作りも今ひとつだが価格はそれなりに高い。うむむ。

ここイタリアに来てからずっと気になっていたのだが、どうもこの国ではポピュラー音楽がそれほど発展していないようだ。
MTVらしきテレビ局もイタリアのロックバンド(90年代アメリカ風ロック)とQueenを交互に流している。
10年くらい昔、ボストン・バークリー音楽院に留学していた頃にタイムスリップしたような錯覚に陥るサウンドが流れている。

Queenの楽曲でとくに人気なのはボヘミアン・ラプソディ。
滞在中に3回はテレビで見た。
観光にほとんど1日を費やした後にホテルで見たテレビから3回ですよ、3回!
ほんとうににフレディ・マーキュリーが好きなのねイタリア人。
まあそうだよね、オペラの国ですからねー。
やはりクラシック音楽やバイオリン至上主義なのかもしれないね。

歴史が深く、それを大切にする風土ということは裏返せばコンサバだってこと。
どうもイタリアは新しい音楽には疎いようであるが、そこも愛らしいと思える。
でもちょっと待て。
Tuck&PattiやPeter Gabrielの人気が高いのもイタリアなのだ。なんでだろー?

進んでるのか遅れてるのか、どっちが真実かわからないが、楽器店の生業からみるとギターに関しては日本の方が進んでいると断言できる。
日本のギタリスト諸君!ギター先進国としての誇りを持ちましょう!

イタリア旅行記(47) ヴェネチアの路地

サンマルコ広場への道のりは近くて遠い。
サンマルコ寺院の塔がここからでも見えるがまだちょっとあるようだ。

船着き場から海沿いを歩いてゆくのが一番の近道のようだがそれでは感動が薄い。
やはりヴェネチアの細い路地をちまちまと歩き、一度自分の視野をうんと狭くする。
そのままの視野で突然広場に突き当たる。
その時の感動は想像するのに難くない。
感動にはちょっとした演出が必要だ、ということはこういう仕事をしているとよくわかる。

その知識、テクニックを自分に使う時が来た。
という事で、サンマルコ広場を目前にしつつ路地へ。
車1台ぶんくらいの狭い路地。
両サイドともお店がオープンしていてひしめき合っている。
建物は4~5階くらいの高さだろうか。

確かに薄暗いけれど適度に日の光も差し込んでくる。
徒歩の人間にはとても心地の良い空間だ。
きっとこれも古き時代の人々の知恵によってデザインされた黄金律なんだろう。
現代の都市が忘れてしまった大事な何かが確かに息づいている。

レストランを発見。
ヴェネチアは海の街だからやはり海産物が売りなんだろう。
店の前に氷を山積みにして、そこに魚介類を並べたディスプレイが美しい。
側まで近寄ってみて見るとエビが生きて動いている。
暑いさなか氷を身体に浴びて遊んでいるように見えて失笑。
急におなかが減ってきた。

エビが手招きするお店の向かいにあったBarに入ってパニーニとエスプレッソ。
おいしい魚介類パスタはお昼にとっておこう。
アリーベデルチ。

イタリア旅行記(46) 運河の街を歩く

船はサンマルコ広場に一番近い所に停泊。
さっそうとサンマルコ広場へ向かって歩き出す。
イタリア旅行のクライマックスとなるヴェネチアだから、心行くまで堪能するつもりだぞ。

船着き場には強い海風が吹き上げてきて、時より波しぶきを道ばたへ運んでくる。
なんとも涼しくて心地よい。
船着き場を臨むようにしてカフェが立ち並んでいる。
イタリアでも物価の高い場所、とガイドブックに書いてあったのでおそるおそるメニューを確認する。
が情報とは裏腹にリーズナブルな価格。
その後もずっとそうだったのだが実際に食事も水もお土産も安く買えた。

サンマルコはまだ見えないがさっそく運河に到達。
さすがに水上都市ヴェネチア、そこかしこに運河が。
数段の階段を昇っては降りながら歩いてゆく。
とても楽しい。
子供に戻ったような気分でウキウキしてしまう。
その光景を写真におさめようと思って撮ったのがこの写真。
帰国した後、母に見せるとどうやら有名な橋の写真らしいのだが、そのときの私が知る由もない。
水は常にエメラルド・グリーンで美しい。

イタリア旅行記(45) サンマルコ広場へ突入せよ

海に浮かぶ街、運河の街、アドリア海の宝石ヴェネチア。
ヴェネチアを楽しむ方法をいろいろ考えたが、やはり船に乗らないとはじまらない。

僕の計画は一番の目的地であるサンマルコ広場へまず船で突入し、そこから帰り道を楽しむというもの。
こういう観光の手順を立案し遂行するとき、少しジェームス・ボンドな気分を楽しんでしまう。

サンマルコ奪還作戦スタート。
まず観光客にまぎれて船に乗る。
船着き場に乗船券の販売所があるのでチケット購入。
さっそうと乗り込む。

乗り込んだ船は観光客も多くなく、すんなりシートを確保できた。
乗客をのせると忙しそうに船着き場を離れる船。
僕の船にはサンマルコ広場行きと書いてある。
きっと美しい運河を抜けてヴェネチアらしい風景に出会えるはずだ。
そのはずだがどうも反対方向に走り出しているように思う。

あれれーなんでーと思っているうちに海に出た。
水平線がまぶしいっておい!なんでー?

となりのフランス人カップルもいぶかしがっている。
船の路線図を見てみると意外な事実が。
運河周りの船も、海周りの船も、どちらも終点はサンマルコ広場。
しまった、逆回りだ!

作戦は開始と同時に失敗。
海回りの船は荒波にもまれ船酔い寸前。
海風が冷たく強く吹き付ける上に、しぶきが頭から降ってくる。
僕の優雅なはずだったヴェネチア運河体験は、過酷な上陸作戦へと変わり果てたのだった。
ああぁぁぁ。

イタリア旅行記(44) ヴェネチア島へ!

朝おきる。
最後の宿泊地ラグーナパレスは近代的なホテルだったので、起きて自分がどこにいるか錯覚してしまう。

シャワーを浴びて出かける準備。
朝ご飯はフルーツたくさん。
久しぶりに身体にビタミンが行き渡る。

泊まったホテル「ラグーナパレス」はビジネスマンの宿泊が多いみたいで、食堂はエグゼクティヴラウンジのような雰囲気。
ホテルのフロントでヴェネチアへの行き方を訪ねる。
ここでも英語が活躍してくれた。

受付の方は電車、バス、タクシーなどを使っての行き方をこまかく説明してくれた。
やはり時間を優先して考えれば値段が高くともタクシーだろう。
迷わずタクシーを選択し、迎えにきてもらう。

泊まっていたメストレ地区は港の開発地区といった雰囲気でどことなく退廃的な雰囲気に包まれているのでタクシーの方が安心だ。
そんな市街を抜けると海が見える。
そこから電車と並走する橋に乗り、いっきにヴェネチア島を目指す。

このヴェネチア島にかかる橋は、僕の楽しみのひとつ。
漫画「ジョジョの奇妙な冒険」で主人公が敵の攻撃を受ける場所なのだ。
だから何?といわれればそれまでだが、ジョジョのファンにはたまらないのだ。
あいにく僕はスタンド使いではないのでトラブルもなく通り過ぎる。

橋をわたりきってすぐにバスターミナルにつく。
さあ、いよいよヴェネチア本島の旅がはじまるのだ!
僕の目の前には真っ赤な横断歩道が船着き場へ向かってのびている。
さながらくたびれたレッドカーペットのようだ。

イタリア旅行記(43) ヴェネチア・ラグーナパレス

フィレンツェを夕方に出発したユーロスターは21:00くらいにヴェネチアに到着。
車窓の眺めは夜なので漆黒に包まれている。
ヴェネチアについたという感慨はまだわいてこない。

今からホテルへ向かうが、その後レストランを探す時間もないだろう。
駅前にちょうどBar兼コンビニのような店を見つけたのでそこで食料を購入。
パニーニのようなサンドイッチと水。
サラダはおいしそうなのがないのであきらめる。

やはり旅の間は野菜の摂取量が落ちるが仕方ない。
この辺の克服が次の旅行の課題だな。
フルーツや野菜を自分で調理できるよう簡単な調理器具を持ち歩くのがいいのかな。
持ち歩き用のドレッシングや塩こしょうもいいかもしれない。
もっと旅上手になりたいものだ。

ヴェネチアメストレ地区は少しばかり工業地帯っぽい雰囲気。
駅をおりて徒歩でホテルへ向かおうと考えていたがちょっと不安な感じがする。
タクシーの方が安心なのでそちらを選択。
実際タクシーで走ると地図で見るよりも遠かったので正解。

今夜の宿はラグーナパレス。
ホテルの間にハーバーが併設されている豪奢なホテルだ。
バックパッカー姿の僕には不似合いこの上ないが、まあいいだろう。

久しぶりにフロントで英語が通用する。
言葉がわかるって素晴らしい。
明日はいよいよヴェネチアだ。
一番楽しみにしていた場所だからテンションがあがるが、今はまず休息をとること。
一分一秒でも長く寝て身体を回復しなくては明日が楽しめないぞ。

イタリア旅行記(42) さらばフィレンツェ

フィレンツェ駅へ足早に向かう。

日が低くなってきて建物のむこうに夕日が落ちてゆくのがわかる。
この時間になると建物の頭の上に後光が浮かび上がる。
この光の感じがとても好きで、つい写真の枚数が多くなる。

この時点で600枚近く写真をとってきた。
デジカメのおかげで枚数を気にする事なくたくさん撮影できて、旅の楽しさが何倍にも膨らんでいる。
イタリア旅行まだ3日目だというのに600枚かあ。
今度旅行にでるときはメモリーカードをもう一枚持たなくては。

ここまでトラブルらしいトラブルもなく、危ない目にもあわないで旅行は順調に進んでいる。
イタリアの雰囲気にも慣れてきた。
ようやく肩の力が抜けて観光できるようになってきたかもしれない。
でも油断は禁物、気を引き締めて完遂しようと思う。
この後電車にのれば最終目的地ヴェネチアだ。

いつの海外旅行でもそうだが、慣れてきた頃に最後の場所になる。
そして最後に訪れた街ではのびのびと楽しむ事ができて、一番の思い出になる。
中学のとき母と訪れたアメリカを思い出す。
ワシントンDC、ニューヨーク、シカゴと緊張しっぱなしであまり覚えていないが、最後のボストンだけは鮮明に覚えている。
大好きになった街ボストンにその後音楽留学しBerklee音楽院に通う事になろうとは。
なにか運命のようなものを感じずにはいられない。
明日訪れるヴェネチアにもそんな予感がする。

フィレンツェ駅に到着。
乗るべき電車もやってきている。
さらばフィレンツェ!

イタリア旅行記(41) フィレンツェのカフェ

もちろんドォーモは今日も観光客で満杯だ。
いまさら僕が並んでも中は見れないし、列車までの時間もない。
ならばこの雄大なでっかいドォーモを見上げながら一杯といきたい。

広場に面したところに目をやりBarを探す。
ありました「スクーデリ」という名前のBar。
お店の前に10卓ほどのテーブルが並び気持ちが良さそう。
さっそく席についてエスプレッソ・マキアートを頼む。
エスプレッソにミルクが入ったもので、この旅で病みつきになる。
しかもこのお店のが一番美味だった。
コーヒー豆買ってくるべきでしたなあ。

広場でのんびりコーヒーを飲みながらふと目をやると、広場に面した建物に住んでる人々が自宅のテラスでランチをしてる。
うらやましいけど、自分のうちからドォーモが毎日見える生活ってどんな感じなんだろう?
毎日美しいものを見れてうれしいのか、観光客が朝からうるさかったりして迷惑なのか。
いずれにせよ、それを承知で住むのだからやっぱり楽しいんだろうね。
いいな。

Barにて30分くらいなごんで身体を休める。
さあ、もう駅へむかわなくてはならない。
いよいよフィレンツェともお別れだ。

時刻表の読み間違いからはじまった夢のようなフィレンツェ観光。
僕にたくさんの感動とこれからの僕らにとって有意義な価値観を垣間見せてくれた。
一生忘れられない景色を目に焼き付けることができた。

イタリア旅行記(40) フィレンツェ・ドォーモ

ウフィッツィ美術館を過ぎてまたアルノ川沿いをポンテ・ヴェッキオ方面に歩く。
ヴェネツィア往きの列車の発車時刻まで残り時間はあと半分というところ。
地球の歩き方をみればまだまだ面白そうなところがいっぱいあるが、さすがに訪れて見学する時間はないだろう。

それならばコーヒー好きの行き先はBarに決まっている。
フィレンツェの美しい景色を眺めながらエスプレッソをいただく。
そして歩き疲れた身体をしばし休めてあげる幸せ。
そのお店を探してしばし川沿いを歩くがなかなか見つからない。
仕方ないのでドォーモの方面に向かった。
まあ観光地だし、必ず飲食店があるはずだ。

大通り、裏通りをちょこまかと抜けて歩いていると異様に賑わう広場に出た。
おお、日本人観光客の一団!
ツアーガイドさんが発する日本語が懐かしい響き。

世界中の観光客が集まって地面が見えないくらいの広場の上にドォーモのまあるいお屋根がそびえている。
はじめて見たけど第一印象は「でっかい」。
荘厳さとか迫力という言葉では言い表せない規格外の大きさに、心の中では「でっかい」を連呼してしまう。

朱色の屋根がほどよく日に焼けていい味わいを出している。
屋根のオレンジ色が瑠璃色の空に対比して目に心地いい。
もしカメラがない世代に生きていたなら、この感動を持ち帰るために絵を描いたろう。
素晴らしい絵画も、僕が今感じている気持ちからうまれたのかもしれない。
一度キャンバスを持って出かけてみるのもいいのかな、なんて気持ちが飛来する。

イタリア旅行記(39) ウフィッツィ美術館

アルノ川沿いを歩く事3分、左手にローマの神殿風の柱が見えてきた。
ここかあウフィッツィ美術館は。
イタリアのルネッサンスをささえたメディチ家の集めた美術品の数々がおさめられている場所であり、イタリアで最も美術品の所蔵品が多い美術館。
いやあ、さぞかしすごいのだろうなあ。

ボッティチェッリやミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品の数々。
そういえばヴァチカン美術館でダ・ヴィンチの習作をひとつだけ見たけれど、そのクオリティの高さに目が釘付けになったのを思いだす。
でも未だにちゃんとした作品を見てはいない。
時間があれば絶対に見学したいウフィッツィだが、急遽空いた4?5時間なので難しい。

一応と思って入り口の方へ向かうがやっぱり長蛇の列。うむむ。
オフシーズンなのにこれかあ、すごい人気。
まあ今から入っても全ては見られないだろうし、またいつか来る機会があるのかもしれない。
その為に今回は見れないんだなといい聞かせながら建物探訪に切り替える。

同じデザインの建物が双子のように向かい合っている。
土台は世界最初のコンクリート建築だったというだけあって重厚感と迫力がある。
その建物に挟まれて日が射してこない中庭だが、少年たちがサッカーボールを蹴っている。
その光景がなんとも良い。
子供たちのたくましさが伝わってくる。

また子供たちの遊びを許している美術館の人々の懐の深さを思うと、やはり文化や夢を育むのは周囲の理解と愛情なんだなと思う。
デルピエロもバティストゥータもこうやってイタリア文化に育まれて生まれた名選手なんだね。
またまたいいものを見せてもらって、いい気持ちになることができた。
ありがとうウフィツィ。
また会いにくるからね。

イタリア旅行記(38) ポンテ・ヴェッキオのおまわりさん

ポンテ・ヴェッキオを抜けてどこへゆこうか逡巡する。
地図を見るとウフィッツィ美術館が近いらしい。
アルノ川沿いに歩いて向かうことに。

その道すがら通った回廊がこの写真。
ちょっとした場所に美しい建物が並ぶフィレンツェに感動する。

この回廊の中には露天商がたくさん出ていた。
有名な絵画のコピーやTシャツといった「いわゆる的商品」が多いが、そんな中に自分の作品を並べる若きアーティストもたくさんいた。
金属で作ったオブジェや仮面、木工製品、革製品と様々。
なかには相当クオリティ高いものもあって正直驚いた。

ミュージシャンになるにはまずストリートライブからはじめるのが通例だが、イタリアでは芸術家も同じ、ストリートから花開いてゆく。
昔の自分の姿とオーバーラップして懐かしく思う。
僕らAcousphereも大変な思いをしながらストリートに出たものだ。

しばらく彼らを見ながら歩いていると突然みんな荷物をまとめて逃げ出した。
イタリアンおまわりさん登場。
頭の中でダースベーダー登場のテーマ音楽がかかり、笑う。

おまわりさんは慣れたもので露天商をおっかけまわしたりしないで威風堂々と歩いてみせる。
自分たちがそこを通ることで仕事が完了することを知っている。
しかし一度逃げた人たちも数分で同じ場所に戻ってくる。
それはまさにイタチごっこ、ルーティーンの日常風景。
なんとなく滑稽で楽しい。

ふと宮崎アニメのルパンと銭形警部を思い出す。
泥棒と警察官、立場は違えども同じ世界の仲間。
そこに愛情があるんだよね。
きっと今日も愉快な追いかけっこがフィレンツェで繰り返されているに違いない。
ちょっとなんだかうれしい。

イタリア旅行記(37) ポンテ・ヴェッキオの入り口

アルノ川にかかるポンテ・ヴェッキオ前の橋をわたり裏通りを抜ける。

途中こちらの地方で有名な紙を専門に販売してる店の前を通る。
繊細な紙がショーケースに並べられているが、誰かに説明されないとその価値は見抜けない。
素晴らしいものを理解できるようになるためには勉強が必要なんだなと思う。

薄暗い裏道を抜けるとちょっとした広場に突き当たる。
ポンテ・ヴェッキオの付け根に到着。
世界中の観光客が思い思いに通り抜けてゆき活気にあふれている。

メディチ家がつかったと思われる回廊がポンテ・ヴェッキオとつながっている。
橋の付け根のBarで恒例となったジェラートをほおばる。
2フレーバーで注文したが言葉が通じなかった結果1フレーバーに。
しかも山盛り。
ジェラートを必死に食べ、いよいよポンテ・ヴェッキオを渡る。

その昔、貴金属の交易に使われていた橋だったとものの本に書いてあったように記憶してる。
確かに橋の両サイドにたくさんの貴金属店が出店してる。
目に入ってくる色は金色が多い。
やはり貴金属の王様は金なのだね。

しかし、眼下に川を望みながら橋の上に住まう気持ちってどんなだろう。
一度でいいからそんな光景を楽しんでみたいと思ったので、カフェらしき店を探すがみつからず。
人が集まるような施設はさすがに作れないってことでしょうか。
カフェはなかったけれど、フィレンツェで一番訪れたい場所を満喫したのだった。

イタリア旅行記(36) ポンテ・ヴェッキオ発見

アルノ川に到着。
川沿いは建物が大人しくしてくれるので空が大きい。
川の風が爽快な気分を運んでくれる。

天気は最高。
きっと日に焼けるだろう。

アルト川の橋の上に立ち、下流に目をやる。
みえましたポンテ・ヴェッキオ!
見つからないはずはないですよね、とても印象的な建造物ですから。
しかしこうやって写真で見てもすごい存在感。
手前の橋が目に入らない。

川という不確定要素の多い場所に、よくぞこんなものを作りましたねローマ人は。
大雨とか洪水とか大丈夫なのか心配になりますが、リサーチ済みで確信を持って建てたのでしょうね。

見回すと川沿いにはたくさんのアパートが林立してイタリアらしいたたずまいを見せている。
こんな所に生まれた人々ってどんな気持ちなんだろう。
自分のうちの窓からポンテ・ヴェッキオが毎日見える…うーん憧れます。

ポンテ・ヴェッキオに向かって歩き始めると手前の橋の上にイタリアの少年少女が欄干の上で遊んでいる。
ほほえましいなあとホクホクしながらそばを通り過ぎるが次の瞬間疑った。
文化財であるだろう橋にイタズラ書きしていたのです。トホホ。
まあしょうがないよな。
僕から見れば素晴らしい芸術品でも、彼らには「うちの近くの橋」だもんね。
そう思うと、その光景さえもほほえましく見えてくる。

文化財というキャンパスに自由に描くがよいイタリアの少年よ。
そのかわりいつかダヴィンチやミケランジェロのような作品を作り、人々に幸せと感動を届けられる人間になっておくれ。

イタリア旅行記(35) やるなイタリア!

フィレンツェ観光に動き出すが、目的地はなんといてもポンテ・ヴェッキオだ。
橋がそのままマーケットになっていて、まるで河にかかる家のような橋。
テレビで何回も見たあこがれの場所。
それを肉眼で拝む事ができるなんて、本当に光栄。

時間が少ないので本来は地図をしっかり見て、チェックしながら歩くべきだろう。
でも地図をチェックする時間もおしいので、勘でアルノ川の方角へ突き進む。
川にあたればそこからポンテ・ヴェッキオが見つかるはず。
あとは目指しながら歩けばよいのだ。

ずんずん突き進むとようやくアルノ川に出た。
まずは写真を一枚と。
たびたびイタリアの道路文化について触れてきましたが、ここでも特筆すべき事が。
バイクがしっかり同じ方向に並べられて駐車しているじゃないですか。
ルーズな国民性なんていう人いるけど、やるねえイタリア!いいじゃないですか。

ちゃんとしっかりルール守って駐車して、しかもその様が実に美しい。
彼らのもつ「美」に対する精神性がこの景色を生むのでしょうね。
これにくらべると日本の駅前は発展途上そのものの様。
カオティックが美しいレベルになれば別の価値も生まれるけど中途半端。
見習うべきところが多い旅となった。

イタリア旅行記(34) あこがれのフィレンツェ!

時刻表の読み間違いのミスのおかげで思いがけないフィレンツェ観光。
神様の恵みとしか思えないこの機会、きっと何かが待っているに違いない。

初日のローマ、二日目のアッシジよりも俄然テンションがあがる。
足の運びが早くなり、からだの動きが軽い。
身体中に喜びというエネルギーがあふれて疲れから解放される。
人は気持ちで生きているんだと感じる。

フィレンツェの街は美しい。
ローマの市街地よりも建物が低く、空が広く見える。
建物には軒先みたいなものがついていて日本家屋をちょっと思い出す。

ここも石畳の道がやっぱり美しい。
イタリアの道は車優先にできていなく、人とモータリゼーションが共存してる感じがとてもよい。
日本の車文化は車用に道ができていて歩行者が肩身が狭いのは間違ってると常々思うのだ。

こういう場所を見るといつも思い出すのが岐阜、郡上八幡の道路。
段差のついた歩道やガードレールをなくし、バリアフリーな道にし、車と歩行者の区別をつけない道をデザイン。
そのデザインのおかげで人々はゆったり歩く事ができ、車は歩行者を気にしなくてはならずスピードが出せない。
対向車が正面に迫ってくるので譲り合いの精神も必要になる。

デザインとはまさにこうゆう事だと思う。
自分はアート派よりデザイン派である。
美しいものはより美しい機能を内包している。
その機能は、人を幸せにしなくてはならない。

イタリア旅行記(33) フィレンツェ観光へ

フィレンツェの駅にたたずむことしばし。
乗る予定の電車が来ない。
イタリアではこういう事が普通なのかなと疑いつつも心配になる。

あわてて時刻表を見るがその電車の予定がない。
何かがおかしい。
ふと切符を見る。
「13」と「17」という文字が刻印されている。
僕はこれを13:16と解釈していた。
HISの解説プリントを参照しながらチェックする。
うーん、どうも「13」というのは日付らしい。
確かに今日は13日だ。
そして「17」が時間らしい。

やってしまった大失敗。
しばし落ち込む。

落ち込む事20秒、すぐに気分を入れ替えて次の行動へ。
まだ4時間もあるのだ。
フィレンツェ観光できるじゃないか!
こういう時のスイッチの切り替わりの早さは自分でも驚く。

左手に電車を見ながら駅舎を抜ける。
やった!フィレンツェ観光だ!
これはきっと神様が与えてくれたチャンスに違いない。
きっと素晴らしい一日になるだろう。
時刻表の間違いはもう忘れている。

イタリア旅行記(32) フィレンツェ

アッシジから定刻通りの電車に乗る。

ここまで危ない目には遭っていなく、イタリアの空気になれてきた。
朝早い列車だから眠気もあるし、日本と同じ感覚に陥って移動中寝てしまおうかと思う。
気が緩むとはこういう事かもしれないと考え、改めて睡魔と戦う事にする。
最後まで笑顔の旅行で終えるために踏ん張りどころだ。

2時間程度でフィレンツェ駅に到着した。
電車を降りると駅のホームに美術館の看板。
さすが芸術の都だなあと小さく感動する。

同じ場所にフィオレンティーナの看板もある。
写真に使われている選手は未だにバティストゥータだ。
懐かしい。
バティは今でもフィレンツェの英雄なんだね。
いつか本場のセリエAも観戦したい。

さて、今回フィレンツェは単に乗換駅に過ぎないので、次の電車がくるまで1時間足止め。
時間つぶしにマクドナルドへ入る。

お金をセーブするために入ったのにハンバーガーと飲み物で5ユーロ。
普通のバーに入った方が安かったのはいうまでない。

さあそろそろ出発の時間。
何も見て回れなかったけど、フィレンツェは次の旅の楽しみにとっておこう。

イタリア旅行記(31) アッシジ出立

夕食を済ませたあと、部屋で倒れるように眠る。
朝起きると布団カバーの上で目が覚める。
そのまま寝ていたようだ。

風邪をひいてないか心配だったが大丈夫。
旅先で具合が悪くなることほど怖いことはない。
今回は更生物質や花粉症薬など、あらかじめ医師に処方箋をだしてもらってきた。

旅の間、抗生物質を予防的に服用していた。
たぶん風邪やウィルスには侵されにくいはずだろう。
そのおかげかとりあえず体調も悪くならず目が覚める。
さあ、アッシジから出発だ。

ホテルにて朝食を軽く食べる。
ひさしぶりのシリアルがおいしい。
まだ朝日の光が残る頃にジオットを後にする。
城門をくぐってバスターミナルへの道を急ぐ。

バス停は見つかったが乗り方がわからずガイドブックを読む。
近くのバーでバスのチケットを購入。
バスは定刻よりちょっと遅れて到着。

乗車したらチケットに刻印をしないといけないのだが、やり方がわからず逡巡していると親切なイタリア人女性が代わりにやってくれた。
旅先でのちょっとした優しさは身にしみる。

15分くらいでアッシジ駅到着。
さあ、最終目的地ヴェネチアへ向けて出発だ。
まずは乗り換え駅フィレンツェへ!

イタリア旅行記(30) ホテル・ジオットの夕食

夜のアッシジを散歩を楽しんだ後ホテルへ戻る。

昼間のうちにレストランをいくつか物色しておいたが、やはり小さな街でおまけにオフシーズン観光。
やっているお店が少なかった。
今夜はホテル併設のレストランで食事しよう。

出国前に父親がジオットを訪れたときの話を楽しそうにしていた。
特に食事の話は詳細に語っていた。
父ご自慢のメニューを体験し、お土産話にしようか。

レストランはとてもきれいなお店で、それなりに格式あるように見える。
がメニューの値段はリーズナブルに感じたので、コースで頼むことにする。

サラダ、パスタ、肉料理とやってくる。
サラダはパルメジャーノチーズのブロックとバジルがあえてある。
それをオリーブオイルそのものの味で味つけてある感じ。
うまい。

パスタは中に肉詰めがされてる餃子のようなパスタにクリームソースがかかっているもの。
久しぶりのクリーム系パスタは贅沢な味がする。
うまい。

肉料理は豚肉ソテーにポルチーニ茸が山盛り。
イタリアンパセリの香りが食欲をそそる。
うまい。

でも、でも、ちょっと注文しすぎてしまった。
どのお皿もピザ皿くらいの大きさでやってきて400g以上あるかなあ。
気分は大食いフードファイターに。
でもおいしかったので完食しました。

両親もこの味を体験したのかな。
パスタがうまくて写真とるのを忘れました。
お店の写真で失礼。

イタリア旅行記(29) 夜のアッシジ散歩

しばしホテルにて仮眠をとる。
坂道ばかりのアッシジ観光はさすがに足にきた。
身体のケアをするためにお風呂に入るが、イタリアのバスタブはみんな浅くて日本人にはつらい。
ほとんど寝るような体勢で入浴し、なんとか筋肉をもみほぐす。

夕食までまだあるので、もう一度アッシジの街に出た。
夜のアッシジも風情がある。
まだ営業してる店舗もいくつかあって、店先のディスプレイが煌煌と光っている。
城壁の下の方に目をやれば町並みの夜景が広がっている。
東京の夜景になれている自分からすれば寂しく暗い夜景かもしれない。
でも美しいと思うには十分な景色だった。

東京とは全く違う時間の流れ、価値観に触れて少しずつ自分の考え方もかわってくる。
なんて忙しく目まぐるしく生活してきたのだろう。
かえったら自分の生き方や仕事を見直さないといけないと思い出す。

緩やかな時間の流れの中で、忍耐強く制作しないと完成しない作品もあるんだ。
教会建築、壁画、モザイク模様の床、城塞の街。
人間の「一生」という時間を超えて制作されたものたちが、もの作りの難しさ素晴らしさを教えてくれる。

イタリア旅行記(28) アッシジの日暮れ

サンタ・キアーラ教会を後にして坂道を下る。
よく歩いたからさすがに疲れた。

坂道でアッシジについたばかりの観光客の方とすれ違う。
もうほとんど夕暮れ、あと1時間もしないうちに真っ暗だろう。
自分もローマの出発時間が遅かったならそうなっていたかもしれない。
やはり無理して早起きしたのは正解だった。

旅において大事なのは時間の使い方。
事前にしっかり作り込んでおくことが大切だが、現地についてからのひらめきや変更なども大切だ。

夕暮れの道を下りながらホテルへ。
途中カフェに立ち寄るがエスプレッソもケーキもまあまあの味。
トイレへの通路が鏡ばりで不気味だったのをよく覚えている。

ホテルへ到着しテラスでお茶をすることにする。
これも両親への土産話になるだろう。

肌寒い空の下、アッシジを見下ろしながらお茶をする。
眼下の教会から鐘の音が聞こえてきた。
ちょうど夕方の5時。一日の終わりを告げる鐘なんだろう。

3台の鐘が「ド・レ・メ」の音にチューニングされている。
Root、major2nd、minor3rdという密集和声の鐘の音色はまさに荘厳。
不協和音と呼ぶのかもしれないが、みごとなハーモニーで鳴っている。
音楽は不協和音こそが美しい響きを作っている。
何世紀も前につくられた鐘が不協和音のminor9thのコードで鳴っていることに感動。
一日の終わりが最上の瞬間になる音に出会えて、身のうちが震えるほど感動した。

イタリア旅行記(27) アッシジ・サンタ・キアーラ教会

もうずいぶんアッシジの街を歩いたし、登ってきた。
足も相当はってきたが無駄なく観光しないともったいないと身体にむち打つ。
こういう考え方が貧乏性だなあと思うとせつない気分になるが、自分の中で今回の旅のコンセプトは「ジャーナリスト的旅行」だったので、取材と考え頑張る。

陽も傾いてきたがもうひとつのアッシジの教会、サンタ・キアーラ教会に到着。
ここも無料で拝観できる。

この教会の壁は聖フランチェスコ寺院のものよりも更に崩落がひどい。
全ての壁のフレスコ画がほとんど崩落したらしく、残っている部分は絵とはわかられない程度。
あとは真っ白な漆喰の新しい壁に修復されている。
自然災害である地震による被害なので恨みようもないが、やはり心が痛い。

こちらの教会には地下があり、そこに守り神のような形で遺体が保存されている。
なんとも神々しいスピリチュアルな場所だった。

この深い感動が身のうちにわき上がるたびに自分が成長してゆくような気がする。
人にとって大事な事のひとつは、生きてる間にどれだけたくさんの感動に出会えるか、という事かもしれない。
そしてその感動をどうやって音楽という形にして届けられるかが、僕らミュージシャンにとっての課題なんだろう。

イタリア旅行記(26) アッシジの町並み

アッシジの空は狭い。
細い路地に3階建てくらいの古い石造りの建物。
その隙間から空が広がっている。
でもそこは城塞都市、道を抜けた先が城壁の上だったりすると突然大きな青空が広がる。
まるでビックリ箱のような感じ、街歩きが楽しい。

こういう時は迷子になるに限る。
大雑把に行く方向だけ感じながら適当に路地に入ってゆく。
同じところをグルグル回る事もあるけど、それもまた楽し。
予期せぬお店や風景に出会う事ができるかもしれない。

途中アイスクリームを買う。
ピスタチオ味が絶品。旅のベストアイスはこのお店だった。

なめし革商店を発見。
さすが本場イタリア、質感が素晴らしい。
カバン、靴、手袋、ベルトなどを物色してる中に素晴らしい財布を発見。
ここ1年ほどへたってしまった財布を使っていたので迷わず購入。
確か56ユーロくらいだったかな。

この頃にはユーロと円のレートが麻痺してくる。
1ユーロ160円が相場だが、イタリアでの1ユーロの価値は100円くらい。
だんだん麻痺してくるとかえってこの財布も安い買い物に思えてしまう。
いかんとは思いつつも、想い出の品になるだろうと思い購入。
この買い物の為にアッシジまできたのかもしれない。

イタリア旅行記(25) アッシジ商店街

聖フランチェスコ大寺院の見学をすませ、再びアッシジの街へ。
狭い道は車がようやく一方通行で走れるくらい。
昔は車は入って来れない街だったときいていたが、今はアスファルトの舗装もでき、車がたくさん通っている。

地震からの復興作業を行う為に車の乗り入れがはじまったのかも。
ホテルの真ん前まできてくれるタクシー。
この便利な生活を修復が終わったあと手放す事ができるのかと思うと複雑な気持ちになる。
便利って絶対善なのだろうか?

アッシジには写真のようなお店がいっぱいある。
アーチ型の入り口とその横にディスプレイ。
ここはどうも靴屋さんらしいが、並びきらなかった靴がこのように並べられている。
どれも立派な靴ばかり。さすがはイタリア。
こうやって並べていて盗まれないのか心配になってしまうが、この大らかな雰囲気がイタリアの郊外なんだろう。

イタリアはなめし革の技術が素晴らしいとローマの添乗員さんが言っていた事を思い出す。
僕も何か買って帰ろうかな。

イタリア旅行記(24) 聖フランチェスコ大寺院

アッシジでの最初の買い物ピザを口に放り込み足早に店を去る。

坂道を上りきれば聖フランチェスコ大寺院だ。
最後の城門をくぐると広大なスペースがひろがる。
写真がその瞬間。
素晴らしい景色に息をのみすぐにカメラを構える。

オフシーズンだけあって人がとても少ないが、それでも全くいないタイミングでシャッターをきることは難しい。
しばしねばってみたが無理なので諦めて撮影。
シャッターチャンスはなかなか巡ってこない。

天気は最良。
青い空にはまばらな雲が強風に流されて飛んでゆく。

1997年の地震で被害にあったアッシジ。
修復された壁は新品になってるからだろうか、真っ白な教会の壁面が目にまぶしい。

聖フランチェスコ大寺院の中は無料で見学できるが、外で有料の説明用ラジオみたなものを貸し出ししてくれる。
ひんやりした室内に5階分くらいありそうな高さの天井。
ステンドグラスを通して外の光が強く差し込んでくる。
神々しさを感じる場所に圧倒され息をひそめてしまう。

イタリア旅行記(23) アッシジ・ホテルジオット

アッシジ駅からタクシーで5分、着きましたホテルジオット。
以前、僕の両親も泊まった事があるホテル。
出国前に親父が嬉しそうに想い出を語っていたなあ。
ジオットでの夕食の話を事細かに話していたのを思い出す。
親父への土産噺に今夜はホテルで夕食をとろう。

英語が通じるフロント係がいたおかげですんなりチェックイン。
鍵と引き換えにパスポートを預ける仕組みなので、チェックアウト時に返却を確認せねばと思う。

中の部屋はさすがに古い感じで山小屋チック。
その辺も親父とお袋のツボだったのかも。
部屋に入りさすがに仮眠。
ほんの15分程度だがそれでも体力が回復した。

さあアッシジ観光にいかなくちゃ。
まずは聖フランチェスコ大寺院にいくぞ。
ホテルを出て坂を下ると、その先坂を上ったところが寺院だ。

昼食がまだだったのに気がついたのでピザ屋さんに入る。
リーズナブルでおいしいピザを食べながら町並みを楽しむ。
すでにアッシジの美しい景色に心を奪われていた。

イタリア旅行記(22) アッシジ駅

フォリーニョで乗り換え数分列車で走ると丘の上に家が密集してる風景を見つける。
きっとあれがアッシジだろう。
まさに城塞都市。

今でこそ裾野にも家が建っているから遺跡として見えるが、昔は広大な草原の中、あの丘の上にだけ人が住み、外敵の脅威から身を守ってくらしていたんだろう。
遺跡や文化の裏には必ず戦争という負の陰が見え隠れする。
次の世代の文明には争いはなくなってほしいと切に願う。

アッシジ駅に到着。やっと着いた。
しかも午前中のうちに着けたし、空も快晴。
絶好の観光日和だ。
まずはホテルを目指そう。

時間がもったいないので安い路線バスはやめてタクシーを使う。
旅先では時間をお金で買う方が良い。鉄則だ。
駅からホテル・ジオットまでおよそ20ユーロ。
途中オリーブの畑をたくさん見る。
パステルカラーの緑の葉がイタリアらしい風景を演出してくれる。乗り心地はとてもよかった。

イタリア旅行記(21) ユーロスターでアッシジへ

朝早く目覚め、ホテルのブレックファストを急いでいただく。
本当はローマ・テルミニ駅から11:00くらいに出発する電車に乗り込む予定だったが、それではアッシジについたころには夕方。
たぶん観光できずに滞在しただけになってしまうだろう。
ローマ観光は前日にしっかりできたし、早朝に出発しようと考えていた。

7:30食事をすませチェックアウト。
テルミニ駅のカウンターで列車チケットの変更手続きをする。
走らないとその電車に間に合わないよといわれホームを走る。
旅先ではこういう事があるから、やはり荷物は最小限でくるべきだ。
なんとか出発に間に合って席に着く。

列車の旅は久しぶりで少し気分が弾む。
しかしこの電車、アッシジゆきではないので乗り換えの駅を気にしないと通り過ぎてしまう。
睡魔とたたかいながら必死に目をあけての列車旅、少しつらい。

途中フォリーニョという駅で乗り換え。
アッシジ行きは1時間半あとの出発だそうで待ちぼうけ。
そこまではちゃんと調べてなかった。
開けた街ではないので駅前にカフェもなく、仕方なくホームのベンチに腰掛けて待つ。

開けっ放しの列車の中にハトが出入りしてる。
なんだかのどかな風景で眠気を誘う。

この電車がアッシジ行きと思って待っていたら出発時刻近くになっても動く気配がない。
駅の清掃員のおじさんが声をかけ違うホームを指差す。
何をいってるかわからないが、たぶんアッシジ行きの電車のホームを教えてくれてるようだ。
本日2度目の猛ダッシュ。
なんとか間に合ったけど、もっとスムーズにいきたいものだ。

写真はユーロースターに乗って撮影したユーロスター。
乗り心地はとてもよかった。

イタリア旅行記(20) 夜のローマ・テルミニ駅前

オッタヴィアーノからホテルに一番近い駅テルミニ駅へ向かい地下鉄に乗る。
テルミニ駅についた頃にはすっかり陽もくれて夜。
景色ががらっと変わる。

古い建物が景色の中心だった昼とは違いネオンサインが目立つ。
都会の夜の雰囲気は世界各国同じなのかもしれない。
でもネオンサインはそんなに多くなく全体的に暗い雰囲気。
歌舞伎町や渋谷の明るすぎる夜の風景を思い出すと、エコロジー、エネルギーの使い方はどうあるべきかを考えてしまう。

食費を安くおさえる為にテルミニ駅の下にあるスーパーへ。
今夜の夕食はイタリアのコンビニ弁当にしよう。
同じ考えの人たちは意外と多いらしく、スーパーは多国籍で混雑していた。

やはり旅先に出ると野菜が摂取できなくなる。
おべんとうもののサラダはパズタやチーズがメインでハーブがちょっぴり入っている程度。
生野菜を買って調理する場所もホテルにはないし、これは次回の旅行の課題だな。
旅先にも簡単な調理器具は持ってゆくべきかもしれない。

ホテルへ戻り夕食を済ませる。
一日言葉が通じなかったストレスだろうか、テレビから聞こえるCNNの英語が心地よい。
明日はアッシジだ。

僕のローマはひとまずこれで終了。
たくさんの場所を堪能できたし、悔いはない。
でも、そういえばスペイン広場って見れなかったなあ。

イタリア旅行記(19) ヴァチカンの路面電車

ヴァチカン美術館を堪能し、ラッキーにもシスティーナ礼拝堂も見学。
大満足で美術館の外に出ると陽がだいぶ傾いてきた。

明るいうちにもうひとつやりたい事がある。
それはイタリアのBARの外の席に座ってエスプレッソを飲む事。
数々の映画の中で見た憧れの景色。
先ほどサン・ピエトロ寺院に向かう途中の広場で発見しておいたのでそこへ。
風が冷たくて外で楽しむには季節が早いけど、でも大満足。

僕は男性なのでこんな事がローマでの夢だったけれど、自分が女性だったらローマの休日のオードリー・ヘップバーンを真似して美容院にいくだろう。

陽が陰ってきて更に寒くなる。
海外の夜は不安なので陽があるうちにホテルに戻らないと。
BARを後にして足早にオッタヴィアーノ駅へむかう。

その帰り道に歩いた道が写真の道。
路面電車がある風景って素敵だ。
子供の頃は単純に車にまぎれて電車が走っているその景色が楽しくて好きだった。
でも今はエコロジーという観点から考えても素晴らしい交通機関なんだと思い、更に好きになった。

電車は鋼鉄の線路の上を慣性ではしるとてもエネルギー効率の良い乗り物。
東京にもまた路面電車が復活する日がくるといいな。

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